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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)3487号 判決 1989年9月25日

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人富士銀行は、被控訴人鎌倉印刷管財人に対し、金二九八八万六四七四円及びこれに対する昭和六一年二月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人鎌倉印刷管財人の控訴人富士銀行に対するその余の請求を棄却する。

3  控訴人三菱銀行は、被控訴人大宗土木管財人に対し、金三七七三万六二五六円及び内金一〇九万六三六〇円に対する昭和六一年二月七日から、内金三六六三万九八九六円に対する昭和六三年一二月一五日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

4  被控訴人大宗土木管財人の控訴人三菱銀行に対するその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その三を控訴人らの、その余を被控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(甲事件)

一  控訴人富士銀行

1 原判決(控訴人富士銀行に関する部分)を取り消す。

2 被控訴人鎌倉印刷管財人の控訴人富士銀行に対する請求及び附帯控訴を棄却する。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人鎌倉印刷管財人の負担とする。

二  被控訴人鎌倉印刷管財人

1 控訴人富士銀行の控訴を棄却する。

2 控訴人富士銀行は、被控訴人鎌倉印刷管財人に対し、四九八一万七九一円及び内四三八八万七九三六円に対する昭和六一年二月一日から、内五九二万二八五五円に対する同六三年一二月一五日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は第一、二審とも控訴人富士銀行の負担とする。

(乙事件)

一  控訴人三菱銀行

1 原判決(控訴人三菱銀行に関する部分)を取り消す。

2 被控訴人大宗土木管財人の控訴人三菱銀行に対する請求及び附帯控訴を棄却する。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人大宗土木管財人の負担とする。

二  被控訴人大宗土木管財人

1 控訴人三菱銀行の控訴を棄却する。

2 控訴人三菱銀行は、被控訴人大宗土木管財人に対し、六二八九万三七六一円及び内一〇九万六三六〇円に対する昭和六一年二月七日から、内六一七九万七四〇一円に対する同六三年一二月一五日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は第一、二審とも控訴人三菱銀行の負担とする。

第二  当事者の主張(甲乙両事件)

一  請求原因(被控訴人ら)

1  原判決二枚目裏一三行目から同三枚目裏九行目までを引用する(ただし、同三枚目表一行目、八行目、同裏六行目の「宋」を「宗」に改める。)。

2(一)  前管財人は、控訴人富士銀行虎ノ門支店の前記各口座に、昭和五三年一一月二二日から同五四年一二月二六日までの間六一回にわたり合計三億九六三六万二四〇四円を寄託した。

(二)  前管財人は、控訴人三菱銀行虎ノ門支店の前記口座に、昭和五五年一月三〇日から同五九年二月一三日までの間八三回にわたり合計一億四六二〇万一二九九円を寄託した。

3(一)  被控訴人鎌倉印刷管財人は、控訴人富士銀行に対する右寄託金の内四九八一万七九一円について、返還請求及びそのための訴えの提起について、裁判所(東京地方裁判所民事第二〇部)の許可を得た。

(二)  被控訴人大宗土木管財人は、控訴人三菱銀行に対する右寄託金の内六二八九万三七六一円について、返還請求及びそのための訴えの提起について、裁判所(東京地方裁判所民事第二〇部)の許可を得た。

4(一)  被控訴人鎌倉印刷管財人は、控訴人富士銀行に対し、前記寄託金の内四三八八万七九三六円については昭和六一年一月三一日、内五九二万二八五五円については同六三年一二月一四日、それぞれ右控訴人に送達された書面により返還を請求した。

(二)  被控訴人大宗土木管財人は、控訴人三菱銀行に対し、前記寄託金の内一〇九万六三六〇円については昭和六一年二月六日、内六一七九万七四〇一円については同六三年一二月一四日、それぞれ右控訴人に送達された書面により返還を請求した。

よって、被控訴人鎌倉印刷管財人は、控訴人富士銀行に対し、前記寄託金中、四九八一万七九一円及び内四三八八万七九三六円に対する昭和六一年二月一日から、内五九二万二八五五円に対する同六三年一二月一五日から、被控訴人大宗土木管財人は、控訴人三菱銀行に対し、前記寄託金中、六二八九万三七六一円及び内一〇九万六三六〇円に対する昭和六一年二月七日から、内六一七九万七四〇一円に対する同六三年一二月一五日から、各支払済まで年五分の割合による各金員の返還を求める。

二  請求原因に対する認否(控訴人ら)認める。

三  抗弁(控訴人ら)

1(一)  控訴人富士銀行は、前管財人に対し、昭和五三年一一月二七日から同五八年四月一八日までの間に七五回(ただし、原判決添付別紙一覧表1記載の四八回を含む。)にわたり、合計して前記寄託金の全額を支払った。

(二)  控訴人三菱銀行は、前管財人に対し、昭和五五年二月八日から同五七年一一月二九日までの間に五七回(ただし、原判決添付別紙一覧表2記載の三七回を含む。)にわたり、前記寄託金の内合計一億四六一七万七五五三円を支払い、被控訴人に対し、昭和五九年五月二日、残額の二万三七四六円を支払った。

2  前管財人及び被控訴人は、前項の返還を求めるに際し、裁判所(東京地方裁判所民事第二〇部)の許可を得ていた。

3  仮に、後記の被控訴人らが許可を否認する部分の金員の返還請求について裁判所の許可がなかったとしても、控訴人らは、右許可がなかったことについて、善意でかつ過失がなかった。この点の詳細については、原判決六枚目表二行目の「被告らにおいて」から同一〇行目の末までのとおりである。

4(一)  前管財人は、裁判所の許可を受けることなく、自己が費消する目的で、控訴人らに対し、前記各寄託金の内、被控訴人らが許可を否認する部分の金員の払戻しの請求をし、右請求に応じて、控訴人らは、前管財人に対し、右金員を支払った。

そこで、右金員の支払は、前管財人が職務を行うについて控訴人らに加えた損害であるということになるから、控訴人らは、本件各破産財団に対し、右金員相当額の損害賠償請求権を取得する(民法四四条一項)。そして、右損害賠償請求権は、破産財団に関し破産管財人のした行為によって生じた請求権であるから、財団債権である(破産法四七条四号)。

(二)  控訴人らは、被控訴人らに対し、本訴において(控訴人富士銀行は、昭和六一年三月三一日、控訴人三菱銀行は同月三日の各口頭弁論期日)、右各損害賠償請求権と本件の被控訴人らの各請求権とをそれぞれ対当額で相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は認める。

2  同2については、控訴人富士銀行の抗弁1(一)の支払中、原判決添付別紙一覧表1記載の四八回分合計九四五〇万七六〇五円(ただし、本訴請求額は右金員の内四九八一万七九一円)について、控訴人三菱銀行の抗弁1(二)の支払中、原判決添付別紙一覧表2記載の三七回分合計六四一一万四一七五円(ただし、本訴請求額は右金員の内六二八九万三七六一円)について、それぞれ寄託金の返還を求めるについての裁判所の許可があったことは否認し、その余は認める。

3  同3のうち善意は認めるが、その余は否認する。

4  同4(一)の事実は認める。ただし、控訴人らが被控訴人らに対し、財団債権である損害賠償請求権を有するとの法律効果についての主張は争う。なんとなれば、右の主張のとおりとすれば、破産債権者を保護する破産法二〇六条の趣旨に反することになるからであり、受寄者は、破産管財人に対して損害賠償の請求をなし得るだけであるか、又は破産財団に対して請求をなし得るとしても、財団債権とはならないと解すべきである。

五  再抗弁

1  仮に、抗弁4(一)のとおり、右金額についての損害賠償請求権が財団債権であるとしても、控訴人らには右弁済について重大な過失があり、民法四四条一項による損害賠償請求権は成立しない。すなわち、控訴人らは、銀行業務を適確、公正かつ効率的に遂行することができる知識及び経験を有し、その業務の運営に際しては公共性、預金者の保護等に十分に意をつくすことが求められ、破産法に二〇六条の規定があることも当然知っているものとされるべきであるから、寄託金の払戻しの請求があった場合、それが同条による裁判所の許可に基づくものであるか否かについては、当然調査をする義務がある。現に控訴人らの社員が執筆者の一員である銀行員向けの実務書にも、右調査の必要性や方法についてふれられている。また、本件の払戻請求権は、多数回にわたり、連日又は数日ごとに行われた異常なものであったにもかかわらず、控訴人らが何ら前記の調査をせず漫然と支払ったことは、著しく軽率であった。

2  仮に重大な過失がなかったとしても右のように過失はあるから、相応の過失相殺がされるべきである。

六  再抗弁に対する認否

1及び2をいずれも否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求原因について。

当事者間に争いがない。

二  抗弁1について。

当事者間に争いがない。

三  抗弁2について。

各控訴人の支払のうち、被控訴人らが否認する部分を除く部分については、それぞれ裁判所の許可に基づいて弁済されたことは、当事者間に争いがない。しかし、右否認部分については、控訴人らの被控訴人らに対する弁済が裁判所の許可に基づいて行われたことを認めるに足りる証拠はない。

四  抗弁3について。

控訴人らが前記否認部分について裁判所の許可がなかったことについて善意であったことは当事者間に争いがないが、過失がなかったことは認めることができない。その理由は、原判決九枚目表末行目の「証人」から同一〇枚目裏八行目の末までと同一であるからこれを引用する(ただし、原判決一〇枚目表六行目の「善意、かつ、」を削除し、同末行目の「足」を「た」に改める。)。

五  抗弁4について。

1  抗弁4(一)について。

抗弁4(一)の事実については当事者間に争いがない。しかし、その法律効果について争いがあるので、この点について検討する。破産管財人は破産財団の代表機関であり、法人における理事と同等の法律上の地位を有するものというべきである。したがって、破産管財人は、右のような地位を有する者として、破産財団に属する金員を銀行に寄託し、かつ、寄託した金員の払戻しを受けることをその職務の一としている。その点からみると、本件において、前記のように、前管財人が裁判所の許可を受けることなく、自己が費消する目的で、寄託金の払戻しの請求をして支払を受けた行為は、民法四四条一項にいう職務を行うについてなされたものというべきである。

被控訴人は管財人が許可を受けていなかった場合や、私利を図る目的を有していた場合は、受寄者は、管財人に対して損害賠償請求をなし得るだけであって、管財人の不法行為の効果を破産財団に帰せしめることはできない旨主張するが、右のような事実が存在する場合でも、管財人の行為が外形上その職務行為にあたることを妨げることになるわけではないから、右主張は採用することができない(最高裁昭三九年(オ)第四三六号同四一年六月二一日第三小法廷判決・民集二〇巻五号一〇五二頁参照。)なお、管財人と受寄者との間の行為は、許可に基づくものでない限り、破産財団に対して何らの効果を及ぼすものではないから、管財人が受寄者から支払を受けて占有を取得した金員は、管財人が破産財団のために業務上保管していることになるわけではなく、管財人自身のために保管しているものである。したがって、管財人の金員費消が破産財団に対する関係で業務上横領行為になることはない。

そこで、金員の支払をした銀行は、破産財団に対して右金員相当額の損害賠償請求権を有することになるが、右請求権は、破産法四七条四号所定の請求権にあたると解すべきであり、したがって、財団債権とされることになる。

被控訴人は、破産法二〇六条は、同法二〇一条と共に、破産債権者の保護の規定であるが、管財人の不法行為による損害賠償請求権が財団債権になるとすると、受寄者は、一方において二重の支払をするべきことになるが、他方において財団に対して同額の請求権を有することになるから、両者を相殺すると、結局、最初の支払を有効とするのと同様の結果となり、右法条の立法趣旨は全く生かされないことになる旨主張する。しかし、右の主張は採用することができない。まず、右損害賠償請求権が破産法四七条四号の解釈上財団債権にあたると解すべきことは前示のとおりであり、また、同法二〇六条の債権者保護の趣旨も受寄者からみて債権者側の立場に立つ管財人の不法行為が存する場合にまで及ぶものと解することはできない。次に、右二〇六条の趣旨が全く無意味とされるわけではない。受寄者が善意無過失の場合は、同条二項は、弁済を有効とし、債権者保護をやめて受寄者を保護することとしている。そして、この場合は、受寄者に損害が生ずることはないから、管財人の不法行為によって弁済がなされた場合も受寄者は損害賠償請求権を取得することはなく、またその必要もない。したがって、受寄者が損害賠償請求権を取得する可能性があるのは、受寄者の側にも過失がある場合に限られる。そして、右過失の程度が重大な過失にあたる場合は、受寄者は損害賠償請求権を取得することはできない(最高裁昭和四九年(オ)第七九七号同五〇年七月一四日第二小法廷判決・民集二九巻六号一〇一二頁)し、軽過失にとどまる場合でも、過失相殺が認められる(最高裁昭和三九年(オ)第四三七号同四一年六月二一日第三小法廷判決・民集二〇巻五号一〇七八頁)のであるから、破産法二〇六条の債権者保護の趣旨は、受寄者の過失の程度如何によって、全部又は一部生かされることになるわけであり、結局、右法条は、そのような限度で債権者保護を図った規定であると解すべきなのである。

以上検討したとおり、本件において、控訴人らはその主張する損害賠償請求権を取得するものと解すべきである。

2  抗弁4(二)について。

右事実は訴訟上明らかである。

六  再抗弁1について

本件における過失の態様は前示のとおりであるが、破産管財人が寄託した預金の返還を求めるについては、監査委員の同意又は裁判所の許可、あるいは債権者集会における決議が要件とされる(裁判所の許可以外の要件については、控訴人らも主張立証しない。)ことは、破産法二〇六条の明定するところであるから、管財人から寄託金の返還を求められた控訴人らがこれに応じるに際しては、右要件を備えているか否かについて調査すべきであり、また、それは容易にできることである(<証拠>によれば、控訴人三菱銀行の社員も執筆者の一員である銀行員向けの実務書にも、右調査の必要性や方法について記載されていることが認められる。)にもかかわらず、前示のとおり、前管財人に対し、そのことについて何ら調査することなく、一般の預金者と同様の取扱いにより、三年ないし五年近くの長期間多数回にわたり多額の寄託金を返還した控訴人らには、右弁済について、相当程度の過失があるというべきである。しかしながら、他方、<証拠>によれば、破産管財人が金融期間に対して寄託金の返還を求めることは、控訴人ら金融機関にとって格別のことではなく、また、本件寄託金の返還を求めた者は裁判所から破産管財人に選任された弁護士であったため、その地位、職業に対して相応の社会的信用を有していたのであり、それらが相俟って前管財人が前示のような不法行為をすることに対する疑いを控訴人らに抱かせなかったことがうかがわれる。このような特殊な事情は、控訴人らの右過失について判断する際に考慮すべきである。そうすると、控訴人らが前記調査を怠ったことに重大な過失があったとまではいい難い。

七  再抗弁2について。

しかし、控訴人らに過失があったこともまた前示のところから明らかであり、前示の事情を基に判断すると、この点についての控訴人らの過失は、過失相殺の対象となり、控訴人らの過失割合は六割とみるのが相当である。

八  結論

1  以上に判示したところによれば、被控訴人鎌倉印刷管財人は、控訴人富士銀行に対し、四九八一万七九一円の寄託金返還請求権を有し、控訴人富士銀行は、被控訴人鎌倉印刷管財人に対し、右金額の四割相当額の不法行為損害賠償請求権を有することになるが、前示の事実によれば、右両債務は、請求原因4(一)の四三八八万七九三六円の請求時である昭和六一年一月三一日より前に相殺適状になっていることが明らかであるから、右請求時においては、被控訴人鎌倉印刷管財人は、控訴人富士銀行に対し、相殺の結果、寄託金二九八八万六四七四円の債権を有していたことになる。したがって、本訴請求は、そのうち、右金員及びこれに対する右請求時の翌日である昭和六一年二月一日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから認容するべきであるが、その余は理由がないから棄却するべきである。

2  次に、被控訴人大宗土木管財人は控訴人三菱銀行に対し、六二八九万三七六一円の寄託金返還請求権を有し、控訴人三菱銀行は、被控訴人大宗土木管財人に対し、右金額の四割相当額の不法行為損害賠償請求権を有することになるが、前示の事実によれば、右両債務は、請求原因4(二)の一〇九万六三六〇円の請求時である昭和六一年二月六日より前に相殺適状になっていることが明らかであるから、右請求時においては、被控訴人大宗土木管財人は、控訴人三菱銀行に対し、相殺の結果、寄託金三七七三万六二五六円の債権を有していたことになる。したがって、本訴請求は、そのうち、右金員及び内一〇九万六三六〇円に対する右請求時の翌日である昭和六一年二月七日から、内三六六三万九八九六円に対する昭和六三年一二月一五日から、各支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから認容するべきであるが、その余は理由がないから棄却するべきである。

よって、以上の結論と異なる原判決を民訴法三八六条、三八四条を適用して主文第一項のとおり変更し、訴訟費用の負担について民訴法九六条、九三条、九二条及び八九条を適用し、主文第二項のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武藤春光 裁判官 吉原耕平 裁判官 池田亮一)

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